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昭和天皇の考える、「なぜ開戦を阻止できなかったのか」その理由


「侍従長の回想」 藤田 尚徳 1961年刊

1946年2月の言葉

この戦争は、
私が止めさせたので終わった。

それが出来たくらいなら
なぜ開戦前に戦争を阻止しなかったのか
という議論であるが、
なるほど、
この疑問には、一応の筋は立っているようにみえる
如何にも尤もと聞こえる。

しかしそれは
そうは出来なかった

申すまでもないが、
我が国にが厳として憲法があって
天皇は、この憲法の条規によって行動しなければならない
もしそうせずに
私がその時の心持ち次第で
ある時は裁可し、
ある時は却下したとすれば、
その後責任者は
いかにベストを尽くしても
天皇の心持ちによって
何となるか分からないことになり
責任者として国政につき
責任をとることが出来なくなる

これは明白に
天皇が憲法を破壊するものである
専制政治国ならばいざ知らず
立憲国の君主として
私にはそんなことは出来ない
昭和天皇の考える、大戦の敗因とは、

1945年9日9日の終戦直後
昭和天皇が
奥日光にいた、明仁皇太子のもとへ
届けるようにと
穂積重遠東宮大夫に依頼した手紙に、
(平文修正済みです)

昭和天皇の、大戦の敗因について言及があります。

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手紙をありがとう
しっかりとした精神を持って
元気で居ることを聞いて
喜んで居ます。

国家は多事であるが
私は丈夫で居るから安心してください
今度のようなな決心をしなければならない事情を
早く話せばよかったけれど
先生とあまりに違ったことを言うことになるので
控えて居たことを
ゆるしてくれ

敗因について一言言わしてくれ
我が国人が
あまりに皇国を信じ過ぎて
英米を侮ったことである

我が軍人は
精神に重きをおきすぎて
科学を忘れたことである

明治天皇の時には
山縣(有朋)
大山(厳)
山本(権兵衛)
等の如き陸海軍の名将があったが
今度の時は
あたかも第一次世界大戦のドイツの如く
軍人が跋扈して大局を考えず
進むを知って
退くことを知らなかったからです

戦争を続ければ
三種の神器を守ることも出来ず
国民をも殺さなければならなくなったので
涙をのんで
国民の種を残すべく
務めたのである

穂積大夫は常識の高い人であるから
わからない所があったら
聞いてくれ

寒くなるから
心体を大切に勉強なさい

九月九日
 父より
 明仁へ 

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橋本明「昭和二十年九月九日の陛下の手紙」
鶴見俊輔・中川六平編『天皇百話』所収(40ー41p)